リチャード1世の詠んだ詩「Ja nus homs pris」「Daufin, je·us voill deresnier」
獅子心王の詩――リチャード1世が詠んだ二篇と、消えた一篇
リチャード1世は、自作の詩が現存する数少ない中世の君主である。確実に彼の作とされるのは二篇。捕囚中に書かれた「Ja nus homs pris」と、寝返った臣下を弾劾する「Daufin, je·us voill deresnier」。これに加えて、本文は失われたものの、同時代人によって存在が証言される一篇がある。この三篇を順に見る。
なお前提を一つ。リチャードは母アリエノールの血筋からトルバドゥール(オック語詩人)の文脈で語られがちだが、現在の校訂研究では二篇とも原作はオイル語(北フランス語)系、正確にはアンジュー家(プランタジネット家)の支配圏で使われた西部フランス系の書記言語で書かれたとされる(Spetia 1996、Lee 2015)。オック語版の写本も残るが、これは写字生による「オック語化」であって、王が二言語で別稿を書いたのではない。リチャードは系譜上はトルバドゥールではなく、トルヴェール側の人物である。
一篇目:捕囚の歌「Ja nus homs pris」(1193年)
1192年12月、十字軍からの帰途、リチャードはオーストリア公レオポルト5世に捕縛され、翌年2月に皇帝ハインリヒ6世へ引き渡された。要求された身代金は10万マルク。この詩は1193年春、獄中で書かれた。形式はロトルアンジュ(各連末にリフレインを持つ歌)で、すべての連が「私は囚われている(pris)」で閉じる。嘆き歌の体裁だが、実質は詩の形式を取った身代金の督促状である。
以下、写本C(BnF fr. 846)底本の全文。
第一連
Ja nus homs pris ne dira sa raison
Adroitement si con hon dolanz non
Mes par confort puet il fere chanzon
Pro ai d'amis mes povre sont li don
Honte i auront se por ma raençon
Sui ça deus ivers pris囚われの身の者が心の内をうまく語れるとしたら、
それは悲しみを帯びた者として語るときのみ。
されど、慰めとして、歌を作ることはできる。
友は多い、されど贈り物は乏しい。
身代金のために私が二度の冬を囚われ続けるなら、
彼らは恥を負うことになろう。
第二連
Ce sevent bien mi home e mi baron
Englais, Normant, Poitevin et Gascon
Qe je n'avoie si povre conpaignon
Qe je laissasse por avoir en prison
Je nel di pas por nulle retraçon
Mes encor sui je pris我が家臣らも、諸侯たちも、よく知っているはずだ――
イングランド人も、ノルマン人も、ポワトゥー人も、ガスコン人も。
いかに身分の低い道連れであれ、金品のために牢に放置したことは一度もなかった、と。
これは非難として言うのではない。
されど、それでも私は囚われの身だ。
第三連
Or sai je bien de voir certainement
Qe morz ne pris n'a ami ne parent
Qant hom me lait por or ne por argent
Molt m'est de moi, mes plus m'est de ma gent
Q'apres ma mort auront reprocement
Se longement sui pris今こそ真に分かった――
死者も囚人も、友も親族も持たないということを。
金や銀のために私が見捨てられているのだから。
我が身を案じはする、されど我が民のことはさらに案じる
私がいつまでも囚われていれば、
私の死後、彼らは責めを受けるだろう。
第四連
N'est pas merveille se j'ai le cor dolent
Qant mi sires met ma terre en torment
Se li menbrast de nostre serement
Qe nos feïmes amdui comunaument
Bien sai de voir qe ja plus longement
Ne seroie ça pris心が悲しみに満ちているのも不思議ではない
我が主君(mi sires)が、我が土地を苦しめているのだから。
もし彼が、我ら二人が共に交わした誓いを思い出していたなら、
これほど長く、ここに囚われてはいなかっただろう。
「我が主君」はフィリップ2世。大陸領についてリチャードはフィリップの封臣であり、その宗主が、十字軍出発前に交わした相互不可侵の誓いを破って捕囚中の領土を侵している、という告発である。この詩での語り口が「フランス王め!」等ではなく「我が主君」であり、あの日の誓いを、と記述している部分にも注目したい。
ここから先は筆者の読みになるが、メッシーナなどでフィリップの面目を潰し、信頼を失ったのはリチャード自身の行動によるところも大きい。これを聞いたフィリップ側からすれば「誓いを忘れたのは私か?あなたが先に、私との未来を捨てたのではないのか?」と考えるのではないか。フィリップの信頼を守り続けていれば、弟ジェフリーにも親愛を寄せており、英仏史の一次史料執筆者である英Howdenにも仏Bretonにもその愛情深さを書かれた彼であれば、真っ先に救出に来たのではないか、とすら思えてしまう。
第五連
Ce sevent bien Angevin et Torain
Cil bachaler qi sunt delivre e sain
Q'engonbrez sui loing d'eus en autrui main
Forment m'aidassent mes il ne voient grain
De belles armes sunt ore vuit li plain
Por ce qe je sui prisアンジュー人もトゥーレーヌ人も知っているはずだ
自由で健やかなる若者たちよ
私が遠き地で異人の手中に捕らわれていることを。
彼らは喜んで助けてくれよう、
されど銀貨の粒ひとつ見えてこない。
美しき武具の野は今や空っぽだ
――私が囚われているゆえに。
第六連
Mi conpagnon qe je amoie e qe j'ain
Cil de Chaieu e cil de Percerain
Chanzon, di lor q'il ne sunt pas certain
Q'onques vers els ne oi faus cuer ne vain
S'or me gerroient trop feront qe vilain
Tant con je soie pris我が仲間たち、かつて愛し、今も愛する者たちよ
カイユの者よ、ペルシャランの者よ
歌よ、彼らに伝えておくれ:彼らは信頼できぬ者だと。
彼らへの私の心が偽りだったことも、空虚だったことも、かつてなかった、と。
今の囚われの身の間に彼らが私に戦いを仕掛けるなら、
それはあまりにも卑しい振る舞いと言うべきだ。
後奏I(トルナーダI)
Contesse soer, vostre pris soverain
Vos saut et gart cil a cui je me claim
E por cui je sui pris伯爵夫人よ、姉妹よ、あなたの高き名声を、
私が訴えかける御方が――私が囚われの身であるその御方が――
あなたを救い守ってくださいますように。
「伯爵夫人」は異母姉マリー・ド・シャンパーニュ、またはマティルド(ザクセン公妃)とされる。
なお、マリー・ド・シャンパーニュはリチャードの異父姉であるが、フィリップ2世の異母姉でもある。
後奏II(トルナーダII)
Je nel di pas por celle de Chartrain
La mere Loeÿsこれはシャルトルの彼女のことを言っているのではない
――ルイの母のことを。
「ルイの母」はアデル・ド・シャンパーニュ、すなわちフィリップ2世の母である。捧げる相手から名指しで除外する、という形の皮肉で詩は終わる。
捕囚の歌の修辞構造を確認すると、悲哀の体裁の下で、まず自分の側の信義を立てる――「いかに身分の低い道連れであれ、金品のために牢に放置したことは一度もなかった」(第二連)。気前よく、仲間を見捨てず、騎士的義務を果たす王。その自画像を置いたうえで、矛先は聴衆に向く。イングランド、ノルマンディー、ポワトゥー、ガスコーニュ(第二連)、アンジュー、トゥーレーヌ(第五連)。地域名を一つずつ挙げて「贈り物は乏しい」「銀貨の粒ひとつ見えてこない」と数え上げ、「二度の冬」と支払いの遅さまで指定する。私は義務を果たした、お前たちはどうだ――という構造であり、悲嘆のリフレインはその圧力を一連ごとに締め直す留め具として働いている。「もっと早く、もっと多く出せるはずだ」という苛立ちが、嘆きの韻律の下に透けて見える。
皮肉な後日譚も史実として付く。この督促の宛先として名指しされた者たちのうち、実際に身代金を搾り出したのは名指しされた諸侯ではなく、歌に登場しない母アリエノールだった。彼女はイングランドで動産・収入の4分の1徴収や教会の銀器供出まで動員して金を集め、自らドイツへ運んでいる。歌が圧をかけ、母が取り立てた、というのがこの詩の実務的な顛末である。
二篇目:弾劾詩「Daufin, je·us voill deresnier」(1194〜97年頃)
捕囚から戻ったリチャードを待っていたのは、フィリップ側に寝返った旧臣たちだった。オーヴェルニュ伯ダルフィン(Dalfi d'Alvernhe)とその従兄弟ギーもその中にいる。この詩は二人に宛てたシルヴェンテス(政治風刺歌)である。以下、写本B(BnF fr. 1592)底本の全文。
第一節(コブラI)
Daufin je·us voill deresnier,
vos e le conte Guion,
que ain en ceste seison
vos feïstes bon gerrier
e vos jurastes ou moi
e portastes me tiel foi,
com Aengrins a Rainart,
qui senblez dou poil liart.ドーファンよ、汝を問い詰めてやろう
汝とギー伯を。
かつてこの頃、汝は勇猛な戦士であり、
私と誓いを結び、その忠義を示したではないか――
イザングランがルナールに示したと同じように。
灰色の毛並みを持つあの狐に、汝らはよく似ている。
『ロマン・ド・ルナール』で狼イザングランは常に狐ルナールに騙される。当時誰もが知る寓話を使った「私はお前という狐に騙された」という侮辱である。
第二節(コブラII)
Vos me leissastes aidier
por creime de geerdon,
e car savetz q'a Chinon
non a argen ni dinier.
E vos voletz riche roi,
bon d'armes, qui vos port foi,
e je sui chiche coart,
si·us viretz de l'autre part.汝は私への助力を断念した
褒美への恐れゆえに、
そしてシノンには銀貨も銅貨もないと知っているゆえに。
汝は富める王を、武に優れ信義を守る王を望む
私は吝嗇な臆病者だというのか、だから汝は反対側に鞍替えしたのか。
シノンはアンジュー家の主要城塞。身代金で財政が空になった事実の自嘲である。
第三節(コブラIII)
Encor vos voill demandier
d'Ussoire, s'il vos set bon,
ni si·n prendretz venjeison,
ni loaretz soudadier.
Mas una ren vos outroi,
si be·m fausastes la loi,
bon gerrier a l'estendart
trovaretz le roi Richart.さらに問おう、イスワールのことを。
汝はそれで満足なのか。
復讐を試みるつもりか、傭兵を雇うつもりか。
されど一つだけ約束しよう――
たとえ汝が誓約を破ったとしても、
旗印の下に勇猛なる戦士をリチャード王に汝は見出すだろう。
イスワール(Issoire)はオーヴェルニュの主要都市。フィリップ側に転じたダルフィンが奪取した拠点を指す。
第四節(コブラIV)
Je vos vi au comencier
large de gran mession,
mes puis trovez ocheison
qe, por fortz chastels levier,
leisastes don e donnoi
e corz e segre tornoi:
mes no·s cal avoir regart,
qe François son Longovart.はじめの頃の汝を私は見た、
気前よく、豪奢に。されどその後、汝は口実を見つけた――
強固な城を築くためと言い、贈り物も宴も、
宮廷も馬上試合への参加も捨て去った。
されど心配には及ばない――
フランス人というのはロンバルディア人と同じものだから。
「ロンバルディア人」は当時「信頼できない商人・高利貸し」の代名詞。フィリップ2世への蔑称である。
後奏I(トルナーダI) ※写本A・Bのみ現存
Vai, sirventes, je t'envoi
en Avergne, e di moi
as deus contes de ma part,
s'uimes funt pes, Diex los gart.行け、シルヴェンテスよ、
汝をオーヴェルニュへ遣わそう。
我が言葉として、二人の伯に伝えておくれ。
もし今より和を結ぶなら、神が彼らを守ってくださるだろう、と。
後奏II(トルナーダII) ※写本A・Bのみ現存
Que chaut si garz ment sa foi,
q'escuiers n'a point de loi!
Mes des or avan se gart
qe n'ait en peior sa part.下僕が誓いを破ったところで、何の驚きがあろうか
従者には掟というものがないのだから!
されど今後は気をつけるがいい、
さもなくば己の取り分が今より悪くなるだろう。
弾劾で始まり、自嘲を挟み、武威の宣言で切り返し、最後は和解の可能性と脅しを同時に置いて終わる。公開書簡としてよく出来た構成である。
三篇目:消えたシルヴェンテス(1192年)
二篇のほかに、テキストの残らない一篇がある。証言者は第3回十字軍の従軍記者アンブロワーズである。1192年、エルサレム再攻略をめぐって十字軍が分裂したとき、ブルゴーニュ公(ユーグ3世)がリチャードを中傷する歌を作らせ、軍中に流行させた。
Fist fere une chançon del rei,
… Si que la chançon fud vilaine
E de grant vilainie plaine,
E la chançon par l'ost hanta.
(ブルゴーニュ公は)王についての歌を作らせた。
……その歌は卑しく、大いなる卑しさに満ち、
軍中に広まった。(Ambroise『聖戦史』)
そしてアンブロワーズは、王の反応を一行で記録する。
Peut-on blâmer le roi s'il chansonna à son tour ceux qui, par envie, l'attaquaient et le bafouaient ?
嫉妬から王を攻撃し、嘲笑する者たちに対して、
王が歌で応酬したことを、誰が責められようか。
(同前後の散文訳 。韻文では「Que pot li reis s'il rechanta」)
ブルゴーニュ公の中傷歌も、リチャードの返歌も、テキストは一切残っていない。残ったのは「王は歌で返した」という事実だけである。なお『イティネラリウム』にも同内容の記録がある。中傷に即座に歌で反撃できた、つまり戦陣で詩を即興できたことを示す証言として、現存二篇と同じ重みを持つ。
さらに言えば、リチャードの周囲では詩がこの種の使われ方をするのが常態だった。ベルトラン・ド・ボルンは自作のシルヴェンテスを吟遊詩人パピオルに持たせて英仏両王の宮廷へ送り、「リチャードは獅子、フィリップは子羊」と伝えさせている(Stimming校訂本 p.83)。歌は宮廷から宮廷へ運ばれる政治的メディアであり、リチャードはその送り手と受け手の両方だった。
まとめ
| 詩 | 時期 | 形式 | 現存 | 機能 |
|---|---|---|---|---|
| Ja nus homs pris | 1193(獄中) | ロトルアンジュ | 写本10本(仏語7・オック語3)、旋律付き | 身代金の督促、フィリップへの告発 |
| Daufin, je·us voill deresnier | 1194〜97頃 | シルヴェンテス | 写本6本(すべてオック語系) | 離反した臣下の弾劾、武威の宣言 |
| 対ブルゴーニュ公の返歌 | 1192(戦陣) | シルヴェンテス | 消失(Ambroise らが証言) | 中傷への反撃 |
三篇に共通するのは、どれも純粋な抒情詩ではないことである。獄中からの督促、裏切り者への公開弾劾、軍中での反撃。リチャードにとって詩は余技ではなく、書簡や布告と地続きの統治の道具だったように見える。それでいて捕囚の歌のリフレインには、道具と割り切れない実感が残る。「Mes encor sui je pris ―― されど、それでも私は囚われの身だ」。この一行が八百年残ったのは、政治文書としてだけではないだろう。
主要典拠
- 詩本文:Warwick University Crusades Project 版 RS 1891(Ja nus homs pris)/ Charmaine Lee, Lecturae tropatorum 8 (2015)(BdT 420.1、写本B底本)
- 消失詩の証言:Ambroise, Estoire de la Guerre Sainte vv. 10630–10665(trans-corpus);Itinerarium peregrinorum にも並行記事
- 言語問題:Lucilla Spetia, "Riccardo Cuor di Leone tra oc e oïl," Cultura Neolatina 56 (1996);BdT 420.1 の年代については Lee 2015(1194年説)と Ruth Harvey, Lecturae tropatorum 15 (2022)(1197年説)で論争がある
- 写本:BnF fr. 846(Chansonnier Cangé、旋律付き)/ BnF fr. 1592(オック語系写本B)ほか