<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>リュジニャン家 | Le Lion et le Lys</title>
	<atom:link href="https://hist.estampie.work/tag/%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E5%AE%B6/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://hist.estampie.work</link>
	<description>12世紀歴史創作＆歴史史料考察サイト</description>
	<lastBuildDate>Sat, 13 Jun 2026 22:36:06 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=7.0</generator>

<image>
	<url>https://img.estampie.work/histwp/2026/06/cropped-lion-32x32.png</url>
	<title>リュジニャン家 | Le Lion et le Lys</title>
	<link>https://hist.estampie.work</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>アンジュー家の「悪魔の祖先」伝説</title>
		<link>https://hist.estampie.work/anjou_devil/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[noc]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 11 Jun 2026 16:18:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[アンジュー家]]></category>
		<category><![CDATA[一次資料]]></category>
		<category><![CDATA[アリエノール・ダキテーヌ]]></category>
		<category><![CDATA[アンジュー家（プランタジネット家）]]></category>
		<category><![CDATA[ヘンリー2世]]></category>
		<category><![CDATA[リチャード1世]]></category>
		<category><![CDATA[リュジニャン家]]></category>
		<category><![CDATA[ルイ7世]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://hist.estampie.work/?p=696</guid>

					<description><![CDATA[ヘンリー2世とその息子たちは、親子で、また兄弟同士で絶えず争った。同時代の人々は、この一族の内紛を説明するのに、しばしば一つの言い回しを用いた。すなわち、アンジュー家は悪魔の血筋だ、というものである。これは単なる後世の創 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">ヘンリー2世とその息子たちは、親子で、また兄弟同士で絶えず争った。同時代の人々は、この一族の内紛を説明するのに、しばしば一つの言い回しを用いた。すなわち、アンジュー家は<strong>悪魔の血筋</strong>だ、というものである。これは単なる後世の創作ではなく、12世紀の年代記が複数の形で書き留めている。ここでは、その「悪魔の祖先」伝説と、王妃アリエノール・ダキテーヌがもたらしたもう一つの血筋の評判を、一次史料から確認する。</p>



<h2 class="wp-block-heading">アンジュー伯家の「悪魔の祖先」伝説</h2>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>ウェールズのジェラルド</strong>は『De Principis Instructione』で、アンジュー家が聖職者に加えた所業を並べ、その文脈に悪魔の祖先伝説を置く。まず、アンジュー伯ジョフロワ（ヘンリー2世の父）がセーズ司教ジェラールを去勢した件と、ヘンリー2世のトマス・ベケットへの仕打ちを、一族の「永遠の恥」として挙げる。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Preterea, qualiter dictus Andegaviae Comes Gaufredus, in sanctum Gerardum Sagiensem episcopum eunucando desaevit, et in Christum Domini cruentas manus injecit; qualiter etiam Rex Henricus, a paterno scelere non degenerans, in beatum martyrem Thomam insanire praesumpsit; ad perpetuam generis totius ignominiam utraque nimis est historia nota.<br>（さらに、<strong>かのアンジュー伯ジョフロワがセ＝ズ司教ジェラールを去勢して残虐を尽くし</strong>、主のキリスト（の聖職者）に血塗られた手をかけたこと、<strong>ヘンリー王もまた父の罪を受け継いで聖殉教者トマスに対し狂気の振る舞い</strong>に及んだことは、一族全体の永遠の恥として、どちらもあまりにもよく知られた話である。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.194</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">続けて ジェラルドは、悪魔の祖先伝説を次のように語る。原文を引く。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Item, Comitissa quaedam Andegaviae, formae conspicuae sed nationis ignotae, et a Comite ob solam corporis elegantiam ductae, ad ecclesiam raro veniebat, et tunc in ea parum vel nihil devotionis ostendebat, nunquam autem usque ad canonem Missae secretum in ecclesia remanebat, sed cito post Evangelium semper exire solebat. Tandem tamen tam a Comite quam ab aliis hoc cum admiratione notato, cum ad ecclesiam illa venisset et hora solita exire pararet, videns a quatuor militibus praecepto Comitis se retineri, rejecto statim pallio per quod tenebatur, et duobus filiis suis parvis, quos sub dextro pallii panno secum habebat, ibi relictis cum ceteris, aliis duobus qui stabant a sinistra sub brachio arreptis, per fenestram ecclesiae sublimem, cunctis intuentibus, evolavit. Et sic mulier illa, facie pulchrior quam fide, cum prole gemina secum assumpta, nunquam ibi postea comparuit.<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.194</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">訳は次の通り。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">あるアンジュー伯妃は、美貌だが素性は不明で、伯がただその肉体の優美さゆえに娶った女であった。彼女は教会には滅多に来ず、来てもほとんど信心を見せず、<strong>ミサの秘文（カノン）まで聖堂に留まることはなく、福音書の朗読の後ですぐに立ち去るのが常であった</strong>。ついに伯も周囲も不審に思ってこれに気づき、彼女が教会に来ていつもの時刻に出ようとしたとき、伯の命を受けた4人の騎士に引き留められた。すると彼女は、掴まれていた外套をただちに脱ぎ捨て、外套の右の裾の下に抱えていた二人の幼い息子をそこに残し、左の腕の下にいた他の二人を抱えて、一同が見守る中、<strong>聖堂の高い窓から飛び去った</strong>、とされる。こうして、信仰よりも顔立ちの美しいその女は、連れ去った二人の子とともに、二度とそこに姿を現すことはなかった。</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">教会の聖なる秘跡に耐えられず正体を現す異界の妻、という型の物語である。後世にこの種の妖精・悪魔の祖先は「メリュジーヌ」の名で広く知られるようになり、アンジュー家やリュジニャン家の祖先譚として語られた。ただし<strong>「メリュジーヌ」という名と整った系譜が文学に定着するのは14世紀以降</strong>であり、12世紀のジェラルドが伝えるのは名のない悪魔の伯爵夫人である点は区別しておきたい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">アンジュー家だけの奇想ではない —ウォルター・マップの悪魔の妻</h2>



<p class="wp-block-paragraph">この種の話は、ジェラルド一人の奇想というより、12世紀末の宮廷的な説話世界の中に置くと理解しやすい。同時代の宮廷人 ウォルター・マップの『De Nugis Curialium』にも、悪魔的・異界的な妻をめぐる説話が収められている。とくに「歯のヘンノ（Henno cum dentibus）」の妻の物語は、後世のメリュジーヌ型説話に近いものとして知られる。ヘンノは、ノルマンディーの海辺で出会った正体不明の美女を妻に迎えるが、その妻には奇妙な癖があった。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Henno cum dentibus… speciosissimam in umbroso nemore puellam invenit hora meridiana secus oram Normanni litoris. Sedebat sola regalibus ornata sericis… Introducit, et sibi matrimonio nobilem illam pestilentiam jungit… et ex illa pulcherrimam prolem suscitat. …omnem in conspectu hominum complet laetitiam, excepto quod aspersionem aquae benedictae vitabat, horamque corporis dominici et sanguinis conficiendi cauta praeveniebat fuga, simulata multitudine vel negocio.<br>（「歯のヘンノ」は、真昼にノルマンディーの海辺の木陰で、この上なく美しい娘を見つけた。彼女は王者の絹をまとい、ただ独り座っていた。…ヘンノはその気高い災いを妻に迎え、彼女との間に美しい子をもうけた。…彼女は人々の前ではあらゆる善行を尽くしたが、ただ一つ、聖水を振りかけられるのを避け、人混みや所用を装って、主の御体と御血が聖別される時刻を用心深く逃れるのが常であった。）<br>——Walter Map, De Nugis Curialium, p.218</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>教会のもっとも聖なる場面を避ける妻</strong>という点は、ジェラルドのアンジュー伯妃とほとんど重なる。やがてヘンノの母が浴室を覗き、妻の正体を目撃する。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Videt eam igitur summo mane die dominica, egresso ad ecclesiam Hennone, balneum ingressam, et de pulcherrima muliere draconem fieri, et in modico exilientem a balneo in pallium novum quod ei puella straverat et in minutissima frusta dentibus illud concidentem, et inde in propriam reverti formam. Mater filio visa revelat.<br>（日曜の早朝、ヘンノが教会へ出かけたあと、母は妻が浴室に入るのを見た。するとこの上なく美しい女が竜に変じ、浴室から躍り出て、侍女が敷いておいた真新しい外套に飛びかかり、それを歯でこまかく噛みちぎった。そののち元の姿に戻った。母は見たものを息子に明かした。）<br>——Walter Map, De Nugis Curialium, p.219</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">正体不明の女、教会の秘跡を避ける妻、そして異界へ通じる母祖。<strong>身分の高い家系の背後にこうした存在を置く発想は、アンジュー家伝説だけに孤立したものではなく、当時の宮廷説話に広く共有されていた。</strong>ジェラルドが悪魔の伯爵夫人を語ったのも、この説話の地層の上にあると見ると理解しやすい。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「メリュジーヌ」という名は、もともとアンジュー家のものではない</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここまで見た二つの話、すなわちウェールズのジェラルドが伝えるアンジュー伯妃の伝承と、ウォルター・マップが記す「歯のヘンノ」の妻の話は、いずれも「異界の女を祖先に持つ」という同じ型を共有している。だが、12〜13世紀の同時代史料は、この異界の女に<strong>「メリュジーヌ」という名を与えていない</strong>。</p>



<p class="wp-block-paragraph">12〜13世紀の年代記・文書群を検索しても、Melusina ないしメリュジーヌに当たる語は現れない。ジェラルドが語るのは、あくまで「素性の知れぬ（nationis ignotae）」伯爵夫人であり、彼女は固有名を持たない。アンジュー家の悪魔的祖先譚は存在するが、それはまだ「メリュジーヌ伝説」そのものではない。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>「メリュジーヌ」</strong>という名と、腰から下が蛇身となる水の妖精が<strong>リュジニャン城とリュジニャン家の祖</strong>になるという整った物語が定着するのは、はるかに後代の文学においてである。代表的なのが、<strong>14世紀末に Jean d'Arras が散文の長編として仕立てた <em>Roman de Mélusine</em>、あるいは <em>La Noble Histoire de Lusignan</em></strong> である。これは1393年頃、ベリー公ジャンのために書かれた作品とされる。また、ほぼ同時期に Coudrette も韻文版を残している。これらはいずれも、本記事が主に扱う12〜13世紀の同時代史料ではなく、後代に成立した文学作品である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここで注目したいのは、その名がどの家と結びついているかである。「メリュジーヌ（Mélusine）」は、しばしば「Mère-Lusigne」、すなわち「リュジニャン家の母」に由来するという語源俗解によって説明される。これは厳密な語源として確定したものではないが、少なくとも後代の理解において、この名が<strong>リュジニャン家</strong>と強く結びつけられていたことを示している。</p>



<p class="wp-block-paragraph">リュジニャン家はポワトゥーの有力一族であり、のちにラ・マルシュ伯、エルサレム王、キプロス王などを出した家系である。つまり「メリュジーヌ」は、本来アンジュー伯家から派生した名ではなく、リュジニャン家の祖先妖精として整えられた名である。アンジュー家の悪魔的な伯爵夫人にこの名がかかるのは、後世に、似た型の祖先伝説が「メリュジーヌ」という名のもとにまとめて理解されるようになった結果と見るべきだろう。同時代のジェラルド立ち返れば、アンジュー家の祖先の女は、あくまで名を持たないままである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">リュジニャン家とアンジュー＝プランタジネット家は、血筋としては別系統である。両家が史実の上で深く交差するのは、祖先伝説を通じてではなく、婚姻と対立を通じてであった。たとえばジョン王は、リュジニャン家のユーグと婚約していたイザベル・ダングレームを1200年に娶った。この婚姻は、ジョンとリュジニャン家の対立を激化させ、のちの大陸領喪失へつながる政治的危機の一因となった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">したがって、ここで問題になっているのは、妖精や悪魔の祖先を両家が共有していたという話ではない。史実上の両家の関係は、あくまで婚姻・封建関係・領土紛争をめぐる政治的因縁である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">要するに、本記事で扱う「悪魔の血筋」は、「メリュジーヌ」という名の腰から下が蛇身となる水の妖精ではなくミサ中に窓から飛び去る悪魔の伯爵夫人であり、アンジュー家に向けられた評判や伝承である。一方、リュジニャン家のメリュジーヌ伝説は、これと共通するフォークロアの型を持ちながらも、別個の家系伝承として成立したものである。両者は「異界の女祖先」という同じ物語類型を分け持っているが、同じ祖先を語っているわけではない。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「悪魔より出で、悪魔に帰る」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">この伝説が興味深いのは、それが単なる民間説話に留まらず、<strong>当事者であるアンジュー家の人間自身が口にした</strong>と記録されている点である。ジェラルドは、<strong>リチャード1世</strong>がこの話をしばしば持ち出していたと記す。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Istud autem Rex Ricardus saepe referre solebat, dicens non esse mirandum, si de genere tali et filii parentes et sese ad invicem fratres infestare non cessent; de diabolo namque eos omnes venisse et ad diabolum… ituros esse.<br>（リチャード1世はしばしばこの話を語り、このような血筋から生まれた者が、子は親を、兄弟は互いを攻撃してやまないのも不思議ではない、と言った。彼ら一族は皆、悪魔から生まれ、悪魔のもとへ帰るのだから、というのである。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.194</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">同じ言い回しは、リチャードより前の世代にも投げかけられていた。ジェラルドによれば、幼いヘンリー2世がフランス王ルイ7世の宮廷へ連れてこられたとき、居合わせたクレルヴォーのベルナールが、この少年について問われて預言めいた答えを返した。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">…spiritu quasi prophetico respondit, "De diabolo venit, et ad diabolum ibit."<br>（彼は預言的な霊感をもって答えた。「悪魔から来たのだから、悪魔のもとへ行くだろう」。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.201</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">ジェラルドはこの言葉を、ヘンリーの専制と、彼やその息子が聖職者に加えることになる残虐（セーズ司教やカンタベリー大司教トマス・ベケットへの仕打ち）を予見したものと解している。ジェラルドはさらには、十字軍参加を渋るヘンリー2世に対し、エルサレム総主教エラクリウスが放ったという同型の言葉も伝える。王が「自分が留守にすれば息子たちが反乱を起こし領土を奪う」と渡航を断ったときのことである。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Respondit Patriarcha; "Nec mirum! … de diabolo venerunt, et ad diabolum ibunt."<br>（総主教は答えた。「驚くにはあたらない。彼らは悪魔から来たのだから、悪魔のもとへ帰るのだ」。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.107</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">これらはいずれも<strong>ジェラルドという一人の著者を経由した記述</strong>であり、しかも彼はアンジュー家に批判的な聖職者である。伝説と警句が彼の筆の中で結びついている可能性は割り引く必要がある。とはいえ、そうした見立てが<strong>少なくとも12世紀末の聖職者的なアンジュー家批判</strong>の中で有効な説明として用いられていたことは分かる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">もう一つの血筋 —アキテーヌ公家</h2>



<p class="wp-block-paragraph">ヘンリー2世の息子たちには、父方アンジューに加えて、<strong>母アリエノール・ダキテーヌ</strong>の血が流れていた。そしてアキテーヌ公家もまた、穏やかな評判だけを持つ家ではなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">アリエノールは、フランス王ルイ7世の妃であったが、1152年に離婚している（ニューバーグのウィリアムは欄外で1154年とするが、実際は1152年）。理由として持ち出されたのは、二人が血縁関係にあるという主張であった。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">…inter Lodovicum Francorum regem et Alienoram reginam divortium celebratum est, quibusdam episcopis atque proceribus consanguinitatem illorum sub testificatione jurisjurandi solemniter allegantibus.<br>（フランス王ルイと王妃アリエノールの離婚が成立した。数名の司教や貴族が、宣誓のもとで二人の近親（血縁）関係を正式に申し立てたためである。）<br>——William of Newburgh, Historia Rerum Anglicarum, p.100</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">ところがアリエノールは、離婚後まもなくノルマンディー公アンリ（後のヘンリー2世）と再婚する。問題は、<strong>ヘンリーもまたアリエノールと血縁にあった</strong>ことである。ルイとの結婚を無効にした近親の障害は、ヘンリーとの間にも同じく存在した。ニューバーグのウィリアムは、この再婚が盛大な儀式を避け、慎重に進められた事情を皮肉を込めて書き留める。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">…ne quid scilicet impedimenti pareret solemnis praeparatio nuptiarum.<br>（すなわち、盛大な結婚の準備が、何らかの障害を生じさせることのないように、と。）<br>——William of Newburgh, Historia Rerum Anglicarum, p.101</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">アキテーヌ公家の評判は、財政にとどまらない。ニューバーグのウィリアムは、アリエノールの祖父にあたるアキテーヌ公（ポワトゥー伯）を、トゥールーズを質入れするほどの浪費家として描くが（Historia Rerum Anglicarum, p.126）、より辛辣なのはウェールズのジェラルドである。ジェラルドは、ヘンリーとアリエノールの息子たちの不幸な結末を説明するために、わざわざ<strong>両親双方の「腐った根」</strong>をさかのぼる一章を立てる。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">De origine tam Regis Henrici quam Alienorae Reginae et radice filiorum omni ex parte vitiosa.<br>（ヘンリー王とアリエノール王妃の双方の出自、そしてその息子たちの根が、あらゆる点で腐っていたことについて。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.191</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">そのアキテーヌ側の「腐った根」として ジェラルドが挙げるのが、公家による略奪婚である。彼によれば、アリエノールの父であるポワトゥー伯が、自分の家臣であるシャテルロー子爵の妻マウベルジョン（Maubergeon）を力ずくで奪い、事実上の妻とした。神に遣わされたとされる隠者がこれを「姦通」と断じて諫めても、公は従わなかった。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">Pater itaque Reginae Alienorae, Comes Pictavensis, qui uxorem Vicecomitis de Castello-Haroldi, hominis sui, quae Mauberium dicta fuit, vi rapuit, et abduxit, et de facto sibi in conjugem duxit. Vir autem bonus et sanctus heremita quidam, missus ut credebatur a Domino, accedens statim ad ipsum prohibuit ex parte Dei… matrimonium hoc non fore, sed manifestum et detestandum adulterium.<br>（アリエノール王妃の父であるポワトゥー伯は、自らの家臣であるシャテルロー子爵の妻、マウベルジョンと呼ばれた女を力ずくで奪い去り、事実上の妻とした。しかし、神に遣わされたと信じられる善良で聖なる隠者が現れ、神の名においてこれを禁じた。これは結婚ではなく、明白で忌まわしい姦通である、と。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.191-192</p>



<p class="wp-block-paragraph">Ille vero in errore persistens, respondit quod Dei nuntium illum esse nec credebat, nec ei constabat.<br>（しかし彼は過ちに固執し、その者が神の使者であるとは信じられず、また確証もない、と答えた。）<br>——Gerald of Wales, De Principis Instructione, p.192</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">ただし一点、注意がいる。ジェラルドはこの略奪を「アリエノールの父」の所業とするが、シャテルロー子爵夫人マウベルジョン（ダンジュローズ）を奪ったのは、史実としては<strong>祖父にあたるトルバドゥール公ギヨーム9世</strong>とされる。ジェラルドは、典拠とした William of Malmesbury の記述から世代を一つ取り違えたとみられる。いずれにせよ、アキテーヌ公家にも「家臣の妻を奪う公」というスキャンダルが語り継がれ、ジェラルドがそれをアンジュー家の悪魔の祖先と並べて「腐った根」と断じたことは確かである。の当主を「度を越した」人物として記憶していたことは読み取れる。</p>



<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<figure class="wp-block-table"><table class="has-fixed-layout"><thead><tr><th>言葉・出来事</th><th>誰が</th><th>出典</th></tr></thead><tbody><tr><td>教会から飛び去る悪魔の伯爵夫人（アンジュー家の祖先）</td><td>Gerald of Wales が伝える伝説</td><td>De Principis Instructione, p.194</td></tr><tr><td>正体不明の美女と結婚し、妻が竜の正体を現す（メリュジーヌ型の類話）</td><td>Walter Map「歯のヘンノ」</td><td>De Nugis Curialium, p.218-219</td></tr><tr><td>「悪魔より出で悪魔に帰る」</td><td>リチャード1世自身の口癖</td><td>De Principis Instructione, p.194</td></tr><tr><td>「悪魔より出で悪魔に帰る」</td><td>クレルヴォーのベルナールの予言</td><td>De Principis Instructione, p.201</td></tr><tr><td>「悪魔より出で悪魔に帰る」</td><td>総主教エラクリウスの言</td><td>De Principis Instructione, p.107</td></tr><tr><td>近親を理由とするルイ7世との離婚</td><td>William of Newburgh / Gervase of Canterbury / Ralph de Diceto ほか</td><td>Historia Rerum Anglicarum, p.100 ／ Historical Works, p.201 ／ Ymagines Historiarum, p.157</td></tr><tr><td>離婚後ノルマンディー公へ密かに通じた経緯</td><td>Gervase of Canterbury</td><td>Historical Works, p.201</td></tr><tr><td>障害が露見せぬよう慎重に進めた再婚</td><td>William of Newburgh</td><td>Historia Rerum Anglicarum, p.101</td></tr><tr><td>アキテーヌ公が家臣の妻を奪った略奪婚（隠者が「姦通」と断じる）</td><td>Gerald of Wales</td><td>De Principis Instructione, p.191-192</td></tr><tr><td>浪費家として描かれる祖父（アキテーヌ公）</td><td>William of Newburgh</td><td>Historia Rerum Anglicarum, p.126</td></tr><tr><td>ヘンリーとアリエノール双方の「根」が腐っているとする枠組み</td><td>Gerald of Wales</td><td>De Principis Instructione, p.191</td></tr></tbody></table></figure>



<p class="wp-block-paragraph">アンジュー家の内紛を「悪魔の血筋」で語る物語は、ヘンリー2世とアリエノール・ダキテーヌの結婚によって、二つの強烈な評判を背負った家系が一つに合わさったことと無縁ではない。年代記作家にとって、親に背き、兄弟と争う息子たちは、悪魔の祖先から説き起こすことで説明しやすかった。リチャードがその言葉を自ら好んで口にしたというジェラルドの記述が事実なら、当人たちもまた、この物語を自嘲とも開き直りともつかぬ形で引き受けていたことになる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なお、その「悪魔の血筋」の息子たちのうち、リチャードが生涯にわたって同盟と敵対を繰り返した相手が、母アリエノールのかつての夫ルイ7世の息子、フィリップ2世であった。父祖の代の婚姻と離縁は、次の世代の二人の王の長い因縁の前提にもなっている。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h3 class="wp-block-heading">主な出典</h3>



<p class="wp-block-paragraph">William of Newburgh, <em>Historia Rerum Anglicarum</em> — アリエノールの離婚と再婚、アキテーヌ公家の祖父の評判</p>



<p class="wp-block-paragraph">Walter Map, <em>De Nugis Curialium</em> — 「歯のヘンノ」の悪魔的・異界的な妻（アンジュー伝説の同時代的並行、メリュジーヌ型）</p>



<p class="wp-block-paragraph">Gerald of Wales, <em>De Principis Instructione</em> — アンジュー家の悪魔の祖先伝説、リチャード1世・聖ベルナール・総主教エラクリウスによる「悪魔より出で悪魔に帰る」</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
